桜の季節に思うこと

4月17日(日)、茨城県阿見町で

茨城南部は山桜が満開になりました。
でも、僕の通う谷津田にある、僕が好きな1本のヤマザクラはまだ7分咲き。
杉林の縁に生えるこの木は、午後になると日陰になってしまうためか、
例年、周りより咲き具合が遅めなんです。

この桜のかわいらしいところが、
花が下向きにつくこと、そして近くにいるとはっきり分かるほど、花が香ることです。

木の下で寝転びながら、花を愛で、香りを楽しむ、贅沢な花見をしていると、
森のあいだを抜けてきた木漏れ日で、桜の花がさっと浮かび上がりました。
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さて、この写真を撮った日曜日、僕は少し焦りながら茨城の野山に向かっていました。
仕事の都合で10日ほど関東を空けていたので、
いないあいだに季節が進んで、置いてけぼり(?)を食らってしまうのが怖かったからです。

そんな思いを抱えながら行ってみると、
アケビの花が咲き、オタマジャクシは泳ぎだし、シュレーゲルアオガエルの声が響き渡る、
もうすっかり春の野山に変わっていました。やっぱり置いてけぼり…(泣)
こんなときは、学生時代に体感した思い出で、あいだの季節をつなぐしかありません。




大学生活の4年間(いまから2年前まで…)は、
毎日のように茨城の田んぼや林を歩き回る日々でした。

そんな暮らしの中での思い出の1つが、
「春は突然に現れる」ことです。

僕が大学2年のとき。
〝春先〟と括られる季節に、いつものように、いつもの谷津田に行ってみると、
なぜだか世界が少し騒がしいような雰囲気に呑まれました。
自分の五官が外へ無限に開いていくような感覚の中で、
「春への歩みが勢いづく瞬間」を感じました。

「春」は受け身の世界で起こる出来事ではなく、
自身の内面から湧き上がってくるもの。自分の中で起こるということ。
たくさんの生き物がそれを感じていて、自分もその一員だったいう確信。

僕がこれからずっと大切にしていこうと思っている感覚です。

時は流れ、大学卒業から3回目の春を迎えましたが、
またしてもその瞬間を逃してしまいました。

社会人になってからの自分に課していることが、
『忙しい中でも自然に寄り添う暮らしをして、「春へ向かう瞬間」を感じる』
ことなんですが、いまのところ全敗…

今年もまた、冒頭のヤマザクラに「やっぱりダメだったよ」と
愚痴を聞かせることになってしまいました。
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by taro_1375 | 2011-04-20 08:42 | 自然
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